薬害の歴史

2026年8月27日

1. 医薬品の副作用等に対する考え方

医薬品は、人体にとって本来異物であり、治療上の効能・効果とともに何らかの有害な作用(副作用)等が生じることは避けがたいものです。

副作用は、眠気、口渇等の比較的よくみられるものから、死亡や日常生活に支障を来すほどの重大なものまで、その程度は様々です。それまでの使用経験を通じて知られているもののみならず、科学的に解明されていない未知のものが生じる場合もあり、医薬品の副作用被害やいわゆる薬害は、医薬品が十分注意して使用されたとしても起こり得るものです。

このように医薬品が「両刃の剣(両側に刃があるため自身をも傷つけてしまうおそれのある剣)」であることを踏まえ、医薬品の販売等に従事する専門家を含め、関係者が医薬品の安全性の確保に最善の努力を重ねていくことが重要です。


2. サリドマイド訴訟

(1) 概要

催眠鎮静剤等として販売されたサリドマイド製剤を妊娠している女性が使用したことにより、出生児に四肢欠損、耳の障害等の先天異常(サリドマイド胎芽症)が発生したことに対する損害賠償訴訟です。

1963年6月に製薬企業を被告として、さらに翌年12月には国および製薬企業を被告として提訴され、1974年10月に和解が成立しました。

(2) 光学異性体と先天異常

サリドマイドは、催眠鎮静成分として承認されました(その鎮静作用を目的として、胃腸薬にも配合された)が、副作用として血管新生を妨げる作用もありました。

妊娠している女性が摂取した場合、サリドマイドは血液-胎盤関門を通過して胎児に移行します。胎児はその成長の過程で、諸器官の形成のため細胞分裂が活発に行われますが、血管新生が妨げられると細胞分裂が正常に行われず、器官が十分に成長しないことから、四肢欠損、視聴覚等の感覚器や心肺機能の障害等の先天異常が発生します。

なお、血管新生を妨げる作用は、サリドマイドの光学異性体のうち、一方の異性体(S体)のみが有する作用であり、もう一方の異性体(R体)にはありません。また、鎮静作用はR体のみが有するとされています。

サリドマイドが摂取されると、R体とS体は体内で相互に転換するため、R体のサリドマイドを分離して製剤化しても催奇形性(胎児に奇形を引き起こす性質)は避けられません。

【血管新生】 既に存在する血管から新しい血管が形成されることです。また、広義にはそれに伴い、新しい血管によって栄養分等が運ばれることも指します。

胎児の成長過程のみならず、健康な成人においても重要ですが、成人における新しい血管の形成は胎児期に比べると活発ではありません。なお、腫瘍化した細胞近辺では血管新生が活発化し、腫瘍の成長を促すことから、血管新生を妨げる物質を抗がん剤として用いることがあります。

【光学異性体】

  • ①光学異性体とは 分子の化学的配列は同じですが、鏡像関係(鏡に映ったように左右対称の関係)にあり、互いに重ね合わせることができないものを光学異性体といいます。互いに光学異性体にあるものについて、それぞれR体とS体として区別する表示方法のほか、d-体とl-体として区別する表記方法、D-体とL-体として区別する表記方法があり、医薬品の配合成分の名称の記載においては、それらの表記方法が用いられていることが多いとされています。
  • ②光学異性体の有効性・安全性への影響 サリドマイド製剤はR体とS体が分離されていない混合体(ラセミ体)を用いて製造されており、当時は、光学異性体の違いによって有効性や安全性に差が生じることは明確ではありませんでした。その後、新たな有効成分を含む医薬品の承認にあたっては、光学異性体の有無や有効性、安全性等への影響についても確認・評価がなされるようになりました。

(3) サリドマイド製剤の薬害の経緯

サリドマイド製剤は、1957年に西ドイツ(当時)で販売が開始され、日本では1958年1月から販売されていました。

1961年11月、西ドイツのレンツ博士がサリドマイド製剤の催奇形性について警告を発し、西ドイツでは製品が回収されるに至りました。

一方、日本では、同年12月に西ドイツ企業から勧告が届いており、かつ翌年になってからもその企業から警告が発せられていたにもかかわらず、出荷停止は1962年5月まで行われず、販売停止および回収措置は同年9月であるなど、対応の遅さが問題視されました。

(4) 市販後の副作用情報の収集体制の整備

サリドマイドによる薬害事件は、日本のみならず世界的にも問題となったため、WHO加盟国を中心に市販後の副作用情報の収集の重要性が改めて認識され、各国における副作用情報の収集体制の整備が図られることとなりました。


3. スモン訴訟

(1) 概要

スモン訴訟とは、整腸剤として販売されていたキノホルム製剤を使用したことにより、亜急性脊髄視神経症(Subacute Myelo-Optico-Neuropathyの頭文字〈SMON〉をとってスモンと呼ばれる)に罹患したことに対する損害賠償訴訟です。

1971年5月に国および製薬企業を被告として提訴されました。被告である国は、スモン患者の早期救済のためには、和解による解決が望ましいとの基本方針に立って、1977年10月に東京地裁において和解が成立して以来、各地の地裁および高裁において和解が勧められ、1979年9月に全面和解が成立しました。

(2) スモンの症状

スモンはその症状として、初期には腹部の膨満感から激しい腹痛を伴う下痢を生じ、次第に下半身の痺れや脱力、歩行困難等が現れます。麻痺は上半身にも拡がる場合があり、ときに視覚障害から失明に至ることもあります。

(3) キノホルム製剤の薬害の経緯

キノホルム製剤は、1924年から整腸剤として販売されていましたが、1958年頃から消化器症状を伴う特異な神経症状が報告されるようになり、米国では1960年にアメーバ赤痢への使用に限ることが勧告されました。

日本では、1970年8月になって、「スモンの原因はキノホルムである」との説が発表され、同年9月に販売が停止されました。

(4) 医薬品副作用被害救済制度の創設等

スモン患者に対する施策や救済制度として、以下のような措置が講じられています。

  • 治療研究施設の整備
  • 治療法の開発調査研究の推進
  • 施術費および医療費の自己負担分の公費負担
  • 世帯厚生資金貸付による生活資金の貸付
  • 重症患者に対する介護事業

また、サリドマイド訴訟、スモン訴訟を契機として、1979年、医薬品の副作用による健康被害の迅速な救済を図るため、医薬品副作用被害救済制度が創設されました。


4. HIV訴訟

(1) 概要

血友病(血液凝固因子の遺伝子異常によって出血が止まりにくくなる病気)患者が、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)が混入した原料血漿から製造された血液凝固因子製剤の投与を受けたことにより、HIVに感染したことに対する損害賠償訴訟です。

国および製薬企業を被告として、1989年5月に大阪地裁、同年10月に東京地裁で提訴されました。大阪地裁、東京地裁は、1995年10月、1996年3月にそれぞれ和解勧告を行い、1996年3月に両地裁で和解が成立しました。

(2) 和解確認書

和解確認書において、国(厚生大臣〈当時〉)は、次のように述べています。

  • 我が国における血友病患者のHIV感染という悲惨な被害を拡大させたことについて指摘された重大な責任を深く自覚、反省して、原告らを含む感染被害者に物心両面にわたり甚大な被害を被らせるに至ったことにつき、深く衷心よりお詫びする。
  • サリドマイド、キノホルムの医薬品副作用被害に関する訴訟の和解による解決に当たり、前後2回にわたり、薬害の再発を防止するため最善の努力をすることを確約したにもかかわらず、再び本件のような医薬品による悲惨な被害を発生させるに至ったことを深く反省し、その原因についての真相の究明に一層努めるとともに、安全かつ有効な医薬品を国民に供給し、医薬品の副作用や不良医薬品から国民の生命、健康を守るべき重大な責務があることを改めて深く認識し、薬事法上医薬品の安全性確保のため厚生大臣に付与された各種権限を十分活用して、本件のような医薬品による悲惨な被害を再び発生させることがないよう、最善、最大の努力を重ねることを改めて確約する。

(3) 誓いの碑

1999年8月24日には、厚生大臣が出席し、関係患者団体等を招いて「誓いの碑」の竣工式が行われました。「誓いの碑」には、次のように刻まれています。

命の尊さを心に刻み サリドマイド、スモン、HIV感染のような医薬品による悲惨な被害を再び発生させることのないよう 医薬品の安全性・有効性の確保に最善の努力を重ねていくことをここに銘記する

千数百名もの感染者を出した「薬害エイズ」事件 このような事件の発生を反省しこの碑を建立した 平成11年8月 厚生省

(4)「緊急輸入」制度の創設等

HIV訴訟の和解を踏まえ、国は、HIV感染者に対する恒久対策として、エイズ治療研究開発センターおよび拠点病院の整備や治療薬の早期提供等の様々な取組みを推進してきています。

このほか、医薬品の副作用等による健康被害の再発防止に向けた取組みも進められ、次のような内容を含む改正薬事法が1996年に成立し、翌年4月に施行されました。

  • 医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構(当時)との連携による承認審査体制の充実
  • 製薬企業に対し従来の副作用報告に加えて感染症報告の義務づけ
  • 緊急に必要とされる医薬品を迅速に供給するための「緊急輸入」制度の創設

また、血液製剤の安全確保対策として検査や献血時の問診の充実が図られるとともに、薬事行政組織の再編、情報公開の推進、健康危機管理体制の確立等がなされました。


5. CJD訴訟

(1) 概要

脳外科手術等に用いられていたヒト乾燥硬膜を介してクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)に罹患したことに対する損害賠償訴訟です。

国、輸入販売業者および製造業者を被告として、1996年11月に大津地裁、1997年9月に東京地裁で提訴されました。大津地裁、東京地裁は2001年11月に和解勧告を行い、2002年3月に両地裁で和解が成立しました。

(2) プリオンとCJD

CJDは、細菌でもウイルスでもないタンパク質の一種であるプリオンが原因とされ、プリオンが脳の組織に感染し、次第に認知症に類似した症状が現れ、死に至る重篤な神経難病です。

ヒト乾燥硬膜の原料が採取された段階でプリオンに汚染されている場合があり、プリオン不活化のための十分な化学的処理が行われないまま製品として流通し、脳外科手術で移植された患者にCJDが発生しました。

(3) 生物由来製品による感染等被害救済制度の創設等

CJD訴訟の和解に際して、国(厚生労働大臣)は、生物由来の医薬品等によるHIVやCJDの感染被害が多発したことにかんがみ、こうした医薬品等の安全性を確保するため必要な規制の強化を行うとともに、生物由来の医薬品等による被害の救済制度を早期に創設できるよう努めることを誓約しました。

2002年に行われた薬事法改正に伴い、生物由来製品の安全対策強化、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(総合機構、PMDA)による生物由来製品による感染等被害救済制度の創設等がなされました。

これらのほか、以下のような措置も講じられるようになりました。

  • CJD患者の入院対策・在宅対策の充実
  • CJDの診断・治療法の研究開発
  • CJDに関する正しい知識の普及・啓発
  • 患者家族・遺族に対する相談事業等に対する支援
  • CJD症例情報の把握
  • ヒト乾燥硬膜の移植の有無を確認するための患者診療録の長期保存

6. C型肝炎訴訟

(1) 概要

C型肝炎訴訟とは、出産や手術での大量出血などの際に特定のフィブリノゲン製剤や血液凝固第Ⅸ因子製剤の投与を受けたことにより、C型肝炎ウイルスに感染したことに対する損害賠償訴訟です。

国および製薬企業を被告として、2002年から2007年にかけて、5つの地裁で提訴されました。2006年から2007年にかけて言い渡された5つの判決は、国および製薬企業が責任を負うべき期間等について判断が分かれました。

(2) 特別措置法に基づく給付金の支給

C型肝炎ウイルス感染者の早期・一律救済のため、議員立法によって、2008年1月、「特定フィブリノゲン製剤及び特定血液凝固第Ⅸ因子製剤によるC型肝炎感染被害者を救済するための給付金の支給に関する特別措置法」が制定、施行されました。

国では、この法律に基づく給付金の支給の仕組みに沿って、現在、和解を進めているところです。

(3) 医薬品等行政評価・監視委員会の設置

「薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会」による平成22年4月28日の最終提言「薬害再発防止のための医薬品行政等の見直しについて」を受け、医師、薬剤師、法律家、薬害被害者などの委員により構成される医薬品等行政評価・監視委員会が設置されました。


7. 薬害訴訟が提起したもの

サリドマイド製剤、キノホルム製剤については、過去に一般用医薬品として販売されていたこともあり、一般用医薬品の販売等に従事する者においては、薬害事件の歴史を十分に理解し、医薬品の副作用等による健康被害の拡大防止に関して、製薬企業や国だけでなく、医薬品の情報提供、副作用報告等を通じて、その責務の一端を担っていることを肝に銘じておく必要があります。


【薬害訴訟のまとめ】

訴訟名提訴/和解年原因製剤種類被害者一般用医薬品としての販売病状名主な症状訴訟を契機に整備された制度等
サリドマイド訴訟1963年 / 1974年サリドマイド製剤催眠鎮静剤妊婦販売していたサリドマイド胎芽症出生児に四肢欠損、耳の障害等の先天異常医薬品副作用被害救済制度
スモン訴訟1971年 / 1979年キノホルム製剤整腸剤販売していた亜急性脊髄視神経症腹部膨満感から激しい腹痛を伴う下痢、下半身の痺れや脱力、歩行困難、視覚障害、失明医薬品副作用被害救済制度
HIV訴訟1989年 / 1996年血液凝固因子製剤生物由来製品血友病患者販売していないHIV感染症HIVの感染生物由来製品による感染等被害救済制度
CJD訴訟1996年 / 2002年ヒト乾燥硬膜生物由来製品脳外科手術の移植患者販売していないクロイツフェルト・ヤコブ病認知症に類似した症状から死に至る重篤な神経難病生物由来製品による感染等被害救済制度
C型肝炎訴訟2002〜2007年フィブリノゲン製剤、血液凝固第Ⅸ因子製剤生物由来製品出産や手術時に大量出血した者販売していないC型肝炎ウイルス感染症C型肝炎ウイルスの感染医薬品等行政評価・監視委員会の設置

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